2008/3/4(火) 小学生の応用算数
今日、ちょっと早く帰れたら女房がまだ起きていて、子供の勉強の話になった。
上の子が今小学1年生なのだが、算数の応用問題が弱いらしい。
女房曰く、文章の読み取り力が弱いという言う。
その問題を自分も読んでみた。
「りんごが9こ、みかんが3こあります。ちがいはなんこ?」
正解は、9-3=6という答えをだすことなのだが、ちょっと??という感覚が芽生えた。
なんだか問題がおかしい。
「りんごが9こ、みかんが3こあります。りんごとみかんではこすうはなんこちがう?」
というのが正しい問題の文章なのでは?
最初の問題では、ちがいはなんこと質問しているが、そもそもりんごとみかんは違うものなので、この質問自体がそのままでは、なりたたず、省略されている言葉を推測しなくてはいけない。
自分が小学校のときにはこのような省略された形での質問はなかったような気がする。(今違和感を感じるから)
そもそもこの問題の作者は「ちがいはなんこ」という質問の前提にこういった質問ではこういった意図で問題を読み取れという自分のなかの常識で質問を作成しているが、世の中そんな常識だけでは通じない。
恐らく自分が仕事をしている職場のネットの向こう側の外人技術者にこのもんだいを英語で投げかけると以下のような回答が返ってくるだろう。
ちがいを答えるという質問だが、質問の意図はりんごとみかんが違うということを聞きたいのか、それとも個数の違いを聞きたいのか?どっちだ?
自分の今の仕事は問題が発生した際にあらゆる可能性を考える仕事である。
「りんご9こ、みかん6こ」という情報の中で、少なくとも以下のような違いを考えられる。
りんごとみかんの果物の種類の違い。
りんごの色とみかんの色の違い。
二つのグループの個数の違い。
。。。。。
最近、大手の会社の技術者でも発想が貧困な技術者がいる。頭の良い大学を出て、大手の会社に就職しても、質問してくる内容に発想力が感じられない。
色々な可能性を考えることができず、決まりきったどこかの参考書にでてくるような範囲で推理している。
小学校1年生のテスト用紙は余白がおおい。「ちがいはなんこ?」ではなく「こすうはなんこちがう?」という質問じゃだめなのかな?
こんなおかしな問題がすらすら解ける子供はある意味応用力があるのではなく、試験のための勉強を多くやった子供じゃないの?
出題者もこんな感じだから日本の試験にはパスするかもしれないけど、世の中これで渡っていけるのかな?
とりあえず、自分の娘には今度の土日に、自分が応用問題の解き方を説明する予定である。
まずは正しい質問方法を教えて、正しく解いてもらい、次に最初の問題で省略されている部分について考えてもらうつもりである。
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